ニセ感謝の言葉に騙されるな

  • By Ryoko
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時々、感謝に満ち満ちた手紙やメールが届きます。


でも、その文言に騙されてはいけません。


なぜなら、ちゃんと読めば、

それは単なる


自己防衛であり、

己の自我の主張であり、

言い訳と傲慢さ

を連ねているだけのものが時にあるからです。


本当の感謝なのか、
意図的に感謝テイストにしてあるのか

見抜かなければならないのです。



意図的に感謝テイストにして
いったい何が言いたいかというと、それは、

「私は絶対間違っていないから、私は私のエゴを貫きます」

という「宣言」というわけ。


その隠れ蓑に、

感謝の言葉を書き連ねる手法をとっているだけのこと。



私は、これを「最高の傲慢」

と呼んでいます。


本人は、


「相手は、これで誤摩化せる」
「自分は悪者にならずにすむ」
「自分は感謝に溢れた人である体裁が整う」


と思っているわけですから、
かなりタチが悪いのではないかと思うのです。


傲慢さ

というのは、本当に厄介者で、

人間の冷静さを失わせます。



何せ、聖書的にいうと、

傲慢=プライド=サタン

ですから、


そりゃ、神様の逆をいくに決まっていますし巧みです。



聖書的にいうのが気に入らなければ、

マイナス思考的に、歪ませて表現する

というわけです。


素直に、という代わりに「ひねくれて」

考えたり、書いたりするというわけ。



困ったもんだね。


でも、困ってばかりもいられません。


だって、そこを何とか乗り越える

っちゅーのが、

我々人間に課せられた

練習問題なのだから。


「その練習問題にちゃんと取り組みますから
 身体をください。この世に誕生させてください。」

と誓いを立てて生まれてきたのです。


裏切るわけにはいかないでしょう。



今度のテストで100点とるので、
100万円のダイヤモンド買ってください!

と誓いを立てて、
本当に100万円のダイヤモンドを買ってもらった。

それなのに、

勉強が難しいだの、先生が意地悪だの、

と言って漫画見てテスト勉強は放棄。


というのでは、誰が見てもおかしいでしょう。



では、これが100円のアイスならいいのか?

と言えば、違うのは金額だけで

行為の種類としては同じです。



世間では、これを「詐欺行為」と呼んでいます。



「自分はそんなつもりはない」

と、つい、言いたい人は、ちょっとそこは、

ぐっとこらえて考えてみてください。


「そんなつもりはない」

といえば、詐欺を働いていいのか?


感謝の言葉を連ねれば、許されると思うのか?


買ってもらったダイヤモンドを持って
テスト会場から逃げ出せば、人生はどうなるのか?


既に自分が受け取ったダイヤをドブに捨てたなら
自分の行為は、チャラになるのか?




ここで起きている一連の出来事は、

「事実」

であるはずだけれども、

その「事実」は、

自分の記憶を消しさえすれば、

なくなるというのだろうか?



ここで、甘やかされて育った人間は、

「それが許される」

と考えるらしいという「事実」を参考にするといいでしょう。



親がチャラにしてくれたものだから、

自分はそこに甘んじておけばいいのです。


自分に責任はないのです。


だって悪いのは「自分以外」のものなんですもの。


者であっても、物であっても、かまやしません。

自分じゃなきゃいいんです。

年齢なんて関係ありません。


30歳になっても、40歳になっても、50歳になっても、
これをやっている人は多いのですから。


これ、昨日の「甘え」の話のことですね。


これ、全て「傲慢」のことです。



もちろん、「傲慢を完全になくすことができる」

という「傲慢な考え」を持ってはいけないことも、
既に、以前お話ししていますが、


だからって、

そんな「エセ感謝」で身を守ろう、エゴを押し通そう、

というのは、いくらなんでもねえ。。

と思うのです。



知らぬが仏

と、これを続けるのか、


うげっ!

こんな自分はやめるべし

と、己のやっていることに責任を持とうとするのか、


大人なら、少し深刻に受け止めて
真剣に考えるべきなのではないでしょうか。



自分は気づいてなくても、
こういうのは周りには丸見えだったりして
結構、かっこいいものではないのでね。



その気になれば、
「上手な方法」というのはありますから、

心配せず、自分の態度をどうするのかだけを

まずは、考え始めることをしたらいいのです。



これは、
自分を高めるためにお話ししているのです。

勝手に、自分をいじめるように使わなくて大丈夫ですからね。


それとか、

「私はそんな人間じゃない」

という正当化に使うとか。





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