「考える」を楽しむ

  • By Ryoko
  • 「考える」を楽しむ はコメントを受け付けていません。

ブログランキングに参加中。今日も応援ありがとうございます!
やじるしこちらをクリック。



ここ何度か、
「哲学者」といわれる方のお話を
直接聴く機会を得ていて、
やたらと笑ってしまったことがあるので
シェアしてみたいと思います。


私が勝手に簡略化するので、
その哲学者がその通りに語った、
というわけではないことをまずは明記しておきます。



人は、様々な面で自己を伸ばす必要がある。

それなのに、たった一つのことをする、
たった一つのことしかしない、

というのが、それほど評価されるべきものか。

例えば、
ピアニストが朝から晩までピアノしかしない
というのは、ひたすらたこ焼きを焼いているのと
同じじゃないか。

なぜ、「ピアニスト」というだけで尊敬するのか。




これを聞いて、

私は、「ほんとだ~」

と、やたら妙を得て、
笑いのツボにはまってしまったのです。

だって、
燕尾服で神妙な顔をしながら
ピアノに向かうピアニストと、

ハチマキして汗だくでたこ焼きを焼いている姿の
画が重なって、
思わず吹き出してしまったのだもの。



そういえば、たしかに、

どちらもプロフェッショナルに違いないのに、
私たちは、同等には評価しないものだな~

と。


それだけ、
「勝手なイメージ」で「安易」に物事を判断し、
しかも、
その自分の評価は、
まるで世界一正しいかのように感じている
その恐ろしいまでの「錯覚」。


それが正しい評価といえるのか

それで物事を平等に見ているといえるのか

いかに歪んで、しかも一方的な自分勝手解釈で
あらゆる事象を決めつけてしまっていないか


などなど。


そして、大事なのは、

人間は、様々なアプローチで総合的に
高まっていくものだ

というメッセージ。


つい、一つのことに没頭すれば良い
というような考えにとらわれ、

一方では、

あれこれ情報を貪る情報コレクターと化する。



意識しなければ、

人は好き勝手やりたい放題だ。


これでは、ちっとも洗練された人

とはいえない。



ピアノしかできない

というのも、

たこ焼きしか焼けない

というのも、

本当にそれしかできないのであれば、
それほど評価に値するものではないのかもしれない。


人間というのは、もっともっと
あらゆる面で、総合的な発展が必要な生き物であるはず。



言い方をかえれば

ピアノだけ弾けたからって何なんだ?

バレエだけできたからってそれが?

勉強だけできたら完結?

お金だけがそんなにエラいのか?

というハナシ。



「何事もバランスね」

とか、

「総合的にね。そうそう。」

と一言ですませていないで、

「うーん、うーん」

と、あれこれ考え、

哲学者の真似でもしてみたら、
もっと何か見えてくるかもしれないね。


ここで

「面倒だ」

なんてやってしまうと、


哲学者どころか、

ピアニストにも、たこ焼き職人にも及ばない

ただの浅はかな、ドシロウト人間で終わってしまう。


だから、なんとか踏みとどまって、
わざわざ「考えてみる」という試みを
試みてもいいかも。


「ピアニストとたこ焼き焼くのは同じ。」

ということについて、
何か個人的に繋げて考えられることが
あるかもしれないし、

それを発見することができたら
きっと「面白い」と思って
人生の楽しみも増えるかも。


しかも、テレビを観て過ごすより
ずっと有意義。



食卓で、子供達に

「ピアニストとたこ焼きのおじさんが
 おんなじだって~。どう思う?」

なんて、語りかけたら、

きっと面白がって、
子供は子供なりの考えを色々語ってくれる。


そうすれば、頭も心も良く働く
理想的な団らんが得られることでしょう。



そうやって、身近なところから

今を考え未来を創る意識

を、いつの間にか育むことだってできるはず。


だって、

「今問われていること」

を、

「今、一生懸命考えること」

は、

自動的に

「未来」

を良くすることに繋がるはずだから。



決して「考えること」を

面倒がるような大人であってはいけないし、

「考えることは面倒なこと」

という空気を発して子供や周りに、
無意識、無自覚のうちに教えていることになったり、

「それが当たり前」という空気に、いつの間にか染まり、
自らそういう「世間づくり」に加担してしまうのも避けたいもの。



楽しく考え、

面白く考え合える仲間や家族を、

もったり、つくったり、育てたり。


そうすれば、きっとどんな事があっても、

どんな時があっても、

逃げたり、さぼったりせず、

考えて乗り越えて行くという底力もできるのではないかと
私は疑いの余地もなく信じたいですね。



そういう生き方もアリ

にするかは、自分の選択。



少しでも、私たち一人一人の意識を活用して、
世の中の何か、

つまり、

自分

とか、

自分の周り

が良くなる考え方を使えると、更に楽しいんじゃないかな。



それは必ず、
なんらかの豊かさをもたらしてくれるだろうから。








どれがお好みですか?
◆涼子と共に繋がるメールマガジン一覧へ


 今日もクリックありがとう




blogランキング

Comments are closed.