ステージを上げる生き方をしていますか?

  • By Ryoko
  • 2014/06/02
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人間には「ステージ」というものがあります。

自分はどのステージにいるか、
という話です。


1階、2階、3階、とステージは上がっていきます。


1階から2階へ上がれば、1階と2階のことがわかります。
2階から更に3階へと上がれば、
1、2、3階の事が分かるようになります。


それが、人間の器が大きい、許容範囲が広い

という成長の話となるわけです。




私が考えているのは、それとは別に

「レベル」です。


1階のどのレベルにいるか。


例えば、1階から2階に繋がる階段の
1段目、2段目、3段目、

という風に。


多くの人は、1段目から5段目くらまで上がって、

ステージが上がった

と喜んでみたり、
人によっては天狗になってみたりします。


確かに、1段目よりは、
「レベル」は上がったかもしれない。

でも所詮、1階の住人であることには違いなく、

ステージは全く変わっていない。


としたら、天狗になるのではなく、
むしろ、

「恥を知る」必要があるのでは?と思っています。



1階から2階へ

というように、ステージを変えたことのない人は、

1階の1段目で、

カッコいいこと

を言うのに忙しいものです。



2階や3階の景色を知りませんから、

自分がどれほどちっぽけであるかに、
まったく気づけません。


「自分は、階段の1段目まで登ったのだ!」

と、なかなか自慢気です。


自分を客観視できませんから、
カッコ悪いことでも、
自分が決めたカッコいいこと
と思えるのです。



自慢気になるのだって結構。


それは自由です。


ですが、それでOKにしたがる「正当化」は問題です。


「自分はこんな高い所まで登ったんだ・・・」

と、後ろを振りかえり、
1階の0段目を見下ろし、
感慨深げに涙するのもいいでしょう。


でも、またすぐに振り向いて、
上を見て欲しいものです。

後ろに少しだけある段差の、見下ろす景色ではなく、

遥かに続いている、前(上)に伸びている景色に
目を向けたいのです。



俯瞰する

という意味を理解して、

2階や、5階や、10階からの目で、

想像力を働かせてもなんだっていいので、

そこから見下ろす目を、持ってほしいのです。



1階の1段目で喜んでいる自分の姿を、
ちゃんと見るべきだと思うのです。



それでいいのかどうか?



自分の「事実」はなんなのか?






それが

「己を知る」

ということのはずです。



前に続く階段に、うんざりしたり、

恐ろしくなったり、

「こんな階段は登る必要がないのだ」

などと正当化するなら、
ステージを変える必要はありません。


明らかに認め(アキラメテ)、
1階の住人として、謙虚に生きる決意をすることです。


そうでなければ、
1階の10段目が、世界一というような錯覚に陥り、
100階建ての1階で、王様気分になるような
恥ずかしい人間で終わることになるからです。


身の程知らずなんて、恥ずかしい行為は、

大人として、できれば慎みたいもの。


無理してステージを上げることなんて考えず、

自分はステージを上げる勇気のない人間

であること、

自分はステージを上げる選択をしない人間

であることをわきまえることができるなら、

必ずや、
その方が謙虚な人間として
生きることができることでしょう。


曲がり間違っても、

ステージを上げるために
3階、4階へと進む努力している人に対して、

羨んだり、妬んだり、
「あんなことをしたって・・」などと、

苦し紛れに、「相手を批評して自分の身を正当化する」
なんて、惨めなことをする必要はなくなるでしょう。




今やっていることが
「ステージ」を上げることなのか。

「ステージ」を上げるために
今日何をすればいいのか分かっているか。

「ステージ」と「レベル」の違いを
理解しているか。




今日も色々確認すること、改善すること
たくさんありますね。



堂々巡りと正当化には要注意。








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