誤解を恐れぬ回数

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人間は、

特に、日本人は、

「誤解を恐れる」

ということが多いように思います。

「誤解を恐れず語る」

というよりは、

「誤解を恐れて語らない」

ということの方が多いと思うのです。

黙っていれば、間違いもないですからね。
失言で嘲笑されることも回避できます。

なぜ、こうなってしまうかといえば、
きっと、

「え~~~!
 あなた、そんなこと考えてるのおお???!!!」

と、“後ろ指をさされる”
経験が、あまりにも多くて、

そして、強くて、
そしてあまりにヒドい指され方(刺され方?)で、
その痛手が痛すぎるからだと思うわけですが。

そりゃ、それだけ突き刺されば、

痛すぎて、押し黙る方が安全

と、子供でも学習しますわね。
(小学生のうちとかって、残酷ですからね)

そういうわけで、

誤解を恐れる人数が増える

=ビビらせる教育が成功する

ということになるのだと思いますが、

それは、私が思うに、

「卑怯」

な、人間が出来上がるのではないかと
危惧する次第。

思ってるのに、口にしない

という、

何考えてるかわかならい

腹の中が見えない

言ってることと思ってることが違う

という、

本音と建前

などという、
一貫性のないチグハグが生まれる原因なのであろうと
考えるわけです。

こういうのは、
私個人としては、気持ち悪い。

口では良い事を言いながら、
腹では何を考えてるかわからない

っていうのは。

当然、こういう人は信頼できないわけで。

なので、信頼してもらいたいと思うなら、
やっぱり、
その差を少しで縮める方が
精神衛生上においても、よろしかろう。

信頼されるに値する人間に、
自分を育てたい

と思うなら、

「誤解を恐れず語る」

という数を増やすことではないかと思うのです。

簡単に誤解するような、
傲慢、あるいは無教育な人に語る
という環境も変えていきながら、

誤解を少しでも軽減するように
細心の注意をしながらも(心配り)、

誤解を恐れず、信念を伝えようとする

「勇気」

が、求められているのではないかと思うわけです。

聞く側も、

簡単に、誤解したろ

という姿勢の意地悪な人になるより、

相手の云わんとすることを、
一生懸命、理解しようとする
謙虚な人が増えれば、

日本も素晴らしくなるでしょうね。

それでこそ、
日本人の能力も引き出されるものだと
信じて活動していますが。

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