なめたらアカンぜよ
- By Ryoko
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人間が、いかに甘く生きているか
という話をしよう。
昔、まだ私が現役ダンサーだった頃、
客席数2000を超える
最も大きな舞台本番の日のこと。
本番当日の午前中は、大抵
ゲネプロといって、
本番さながらのリハーサルが行われる。
ところがその日は、
ある部分で、随分と時間をとっていた。
私たち主役級の人たちは
楽屋で待機していて、
舞台上では、コールドバレエ(群舞)の
人たちが、何度もタメ出しされていたのだ。
モニターがあるので、楽屋にも
舞台の様子は聞こえてくる。
その舞台は、その支部全体の合同公演だから、
それぞれのバレエ団から
選りすぐりのダンサーが集まって踊るのだが、
その時は、どうにもこうにも
手こずって、何度もやり直しが行われていたのだ。
なんとなく
ゲネプロでこんなにやり直しって、
「珍しいな」
という感覚で、自分の準備をしながら
耳を傾けていたのだが、
突然、
「緊張しなさいーーーっ!!」
という、先生の怒鳴り声が聞こえてきたのだ。
舞台の上の人たちは、
私より年上の人たちばかりだが、
舞台をなめている
という感じが、
高校生の私にも、よくわかった。
更に今なら、よくわかる。
今時の若者は、
(あの頃の私は、最も最年少の部類だったけど)
舞台を、
そして
生きることを、
なめてかかってるなー
というのが、よくわかるのだ。
勿論、舞台の上の人たちだって、
緊張と本番当日の興奮で、
一生懸命だ。
決していい加減な気持ちで
バカにして踊っているわけはない。
いい加減な踊りをして恥をかくのは、
自分だということだって、
重々承知である。
それでも、なめている
という印象をもたらすのは何故だろうか?
何故なら、
日々の生き様が、甘いからなのだ。
どんなに表面的に、
その時一生懸命踊っても、
必死で全力を出そうとしても、
日々の生き様が、そうやって舞台の上で
さらけ出されてしまうのだ。
日々、何を考え、何に取り組み、
何を積み重ねているか
という「それ」が。
人生においては、
毎日が本番である。
日頃の生き様(生き方の姿勢)は、
毎日、さらけ出されているのだ。
どんなに一生懸命やってみせたところで、
その本質は、空気感、オーラとなって
否応でも現れ出ている
ということだ。
誤摩化しはきかない。
ぬる~くて、
ゆる~くて、
なめているわけではないけれど、
なめているかのうような場面に出くわすとき、
「緊張しなさいーーーっ!!」
という、あの怒鳴り声から想像する、
あの先生の、あの形相を
思い出したりするのだ。
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