誰だって苦しくて痛いのです。

  • By Ryoko
  • 2014/05/20
  • 誰だって苦しくて痛いのです。 はコメントを受け付けていません。

ブログランキングに参加中。今日も応援ありがとうございます!
やじるしこちらをクリック。



自分のレベルを上げて行きたい

と思い、

上げて行こう

と思うなら、

その通りに行動すればいいと思います。



何でもいいから
たった一つでも行動すればいいのであって、

思った次の瞬間から、
行動しない言い訳を探す必要はないと思います。



「自分のレベルを上げて成長しよう」
と思うことから、

自分の現実と対峙していく「作業」が
始まることになるのですが、

そのときに、


おとーちゃーん、おねがーい。

ままーー、よろしくーーーー。


と言う訳にはいきません。


もし、ちょろっとでもそんなことを
依頼しようものなら、

ニセとーちゃん、

エセかーちゃんから、

「あら、かわいそうに~」

と依存を教えられる。


なぜなら、自分が「依存」を願ったのだから。



それとは反対に、
真剣に「成長したい」を願えば、

本物お父様、

本物お母様、

本物大先生、

から、

あなたの真実、えぐり出しちゃうよ

と書かれた「メモ書き」が届く。



これは、一種の「警告」です。


これを受け取れたということは、

「あなたは、真剣に成長したいのですね。」

という声が届いたということ。



ところがこの「警告」受け取って、
この「警告」の意味がわからず、
もしかしたら、「私は成長の道に入ったのよ」
なんて喜んで、ぼーっとしていると、

あるいは、

「成長」にはならない「成長もどき」の生活をしていると、


比較的すぐに、

世にも恐ろしい、直接的な「問題集」が届く。




この「問題集」は、あまりに分厚過ぎるし、

何より、「えぐり出され方」がハンパじゃないから、

本当は、受け取らない方がよい。



こんな問題集をもらってからでは遅いのだ。


手遅れという意味ではなく、
「痛すぎる」という意味。


「警告」が来た時点で、必死で、
自分で自分の課題をえぐり出した方がいい。


でないと、人からえぐられることになる。


人からえぐられるよりは、自分でえぐった方が、

断然マシ!



たしかに、
問題集の「送り主」をつくりだすことは、


厳しい父上だ!

冷たい母君だ!

大嫌いな先生だ!


と責任転嫁の対象にできるにしても、

それによって
「アタイは悪くないもん!」

と責任逃れができる気がするにしても、

それでは成長しないし、

問題集を受け取っておきながら
それに取り組まないのは、

これまた罪は深し。



だから

「成長したい」

というなら、

どんどん自ら「成長の為の行為」を行うことを
断固おすすめします。


まさか、その言葉が、

「へっへっへ。成長したいなんて実はうそだったぴょ~ん。」

などと、おちょくったわけではあるまい。


けれど、こんな風におちょくっている人間は
実に多いのです。


自分の人生をおちょくり、
それに人をつき合わせるのだから、

「そんなつもりはない」

などという責任逃れが許されることなど
ないことがわかるでしょう。




間違っても、人からえぐられることに
耐えきれない人が、

「先生よろしくねん♥︎」

などと、人に任せてしまってはいけない。


本当に成長する気がないのに、

「成長したい」と言う。


そんなウソは、つくもんじゃありません(笑)。



思ったら叶うのですよ。


思ったら「問題集」が届くのです。


少なくとも問題集が届く前の「警告」で
真剣になることがおすすめです。


そりゃあ、

「成長したい」→「だから成長することを今日からやる」

なあんて優等生ができるならいいんだけど、

実際は

そーカンタンってわけにはいかないですからね。



成長には痛みが伴うのです。


痛みを避ける人は、決して成長できないのです。


これは、「決まり事」。


「決まり事」を破っていいルールは
どこにもありません。


「決まり事」を守って、本当に成長という結果を出すか

「決まり事」を避けて、成長を願うだけの惨めな人生か。


どちらかを選ぶしかありません。


どちらも選ばない

という選択は、

「選ばない」

すなわち「成長を選ばない」

ということになります。



どんなトリックを使っても、

「どちらも選ばない」

という卑怯な選択が、
良い結果をもたらしてくれることはないのです。



「やれやれ」

と思ってもいいので、

「成長」への腰を上げていきましょう。


大変なのは、あなた一人ではないのです。


み~んな、面倒で、痛みを伴っているのです。

それぞれのね。



自分だけ特別

なんて傲慢な差別をしていないで、

「私もがんばりましょ」

と謙虚になる方がかわいく生きれる。


男も女も頑固者は、全然かわいくないのでね。


そういえば
頑固者のあの眉間のシワ、なんとかならんもんかね。







どれがお好みですか?
◆涼子と共に繋がるメールマガジン一覧へ


 今日もクリックありがとう




blogランキング

Tags: ,

Comments are closed.