知的で美しい生き方を選ぶべし

 

美しい【もの・ひと・こころ】は好きですか?

【美しい生き方】に興味がありますか?

 

私は、汚れたものや窮屈な暮らしよりも、清潔なものや美しい暮らしが好きです。

 

「贅沢」の話ではないので誤解しないでくださいね。

「清潔さ」「美しさ」と、「贅沢」という言葉は別物ですものだから
無神経さ満載で一緒くたに捉えてしまわないように、まずは気をつけたいものです。

あなたも私と同じように、美しい【もの・ひと・こころ】がお好きなら、
【美しいこころ】を整えて、【美しい生き方】について一緒に考えてみたいと思います。

 

      美しい生き方とは何か?

【美しい生き方】とは、

美しい【もの・ひと・こころ】という環境を整えることだと
私は考えています。

 

【もの】で言えば、
私は、ほんの少しでも欠けた食器は決して使わないと決めています。

妥協で買い物することもしませんし、気に入ったものに囲まれて
暮らしを整えようと心がけています。

”いい加減なもの”を口にして良いとは思っていませんし、
物をできるだけ大切に取り扱いたいと思っていますから、
平気で投げたり、不注意で落とすということも滅多にありません。

 

【ひと】に関しては、

単純に、「美しい人」でありたいなと個人的には思っています。

 

多くの人は、ルックスを美しくするために、
エステに通ったり、美容院に通いまくって髪を茶色に染めたり、
ネイルサロンでキラキラをつけまくったりするのかもしません。

そういうことには、私はほとんど興味が持てません。

 

なぜなら、それで「美しい人」になることはない
と、思ってしまうから。

それはなんだか、とっても「時間の無駄」と思ってしまうし、
そうやって、
「美しくする人」であることと「美しい人であること」は
別の話だと思ってしまうから。

 

確かにルックスは大事だし、
常に外見にも心を配ることは私も大賛成だけれど、

外見的に「キレイにしている人」でも
人間として「美しくない人」がいるのを、知っているのも事実です。

 

それって本当は、すごく恥ずかしいことじゃないかと思うのです。

 

外見と中身にギャップがあるって、恥ずかしくないですか?

 

包装紙はゴージャスだけど中身はスカスカとか、

中身はすんごい安物とか、

がっかり度がハンパない気がします。

 

中身をカバーするために頑張って外見をゴージャスにして

バランスを取ろうとしているのかもしれませんが、

ちょっと違うんじゃないかな。

 

ハリー・ウィンストンの包み紙を開けたら100円ショップのおもちゃの指輪

というプレゼントに大喜びする人より、
がっかりする人の方が圧倒的に多いと思うようにね。

 

意外性が大事

というのは、こういうがっかり度の場面では通用しないと思うのですよ。

 

「失望」の方が断然大きい。

 

だから外見ばっかり頑張っている姿を見ると、

「おーおー、頑張ってるわね」

と、その「頑張り度」に同情する気持ちの方が強くなるわけです。

 

だからそういう恥ずかしい人とは、
決してお友達になりたいと思わない。

 

だって、失望度が大きそうだもの。

 

それより、

「あらまあ、恥ずかしげもなく」

と、時にはお婆さんのような感想まで出てきそうというものです。

 

「恥を知る」

という日本独特な、素敵な文化的感性があるわけですが、

その「信念」とも言える誇り高き風潮は、
日本人の美しさに大きく貢献していると私は思っています。

 

それが、

電車で食べたり、お化粧したり、というデリカシーのない世の中の風潮に
徐々に徐々にと慣らされてしまうと、

どんな格好をしても自由、
どんな思想をしても自由、
どんな生活をしても自由、

という「自由」のはき違えが、「恥ずかしげもない」「恥知らず」な大人が育ち、
子供たちが育ち、世の中が育ってしまうのだろうと感じてしまうのです。

 

「恥を知らない大人」が「美しい人」でいられるのだろうか?

という、いたってシンプルな疑問と共に。

 

それじゃ「美しくない」と、素直に感じてしまうわけです。

 

だから、真似したくない。

 

ならば、「美しい人」でいるためにはどうしたらいいだろうか

と、次なる思考を張り巡らせることになるわけだけど、

整形や豊胸の代替え品に、エステや美容院や化けるテクニック(化粧)のスキルを
アップさせることにお金や時間を注いだ挙句、「恥」を晒すよりも、

美しい人になるためにもっと現実的で確実な方法は何かといえば、

 

【こころ】

を美しくするのが、最も確実に「今すぐ誰にでもできること」

になるかと思うわけです。

 

美しい人になろうと頑張っても、
美しくない人は出来上がってしまうけれど、

【美しいこころ】になれば、

同時に【美しいひと】にも自動的になってしまうのではないかと。

 

こっちの方が、間違いがない。

【美しいこころ】になって、

そういう人が外見を整えば、

外見も中身も美しい、ほんまもんの【美しいひと】が出来上がるでしょうよ

という話です。

 

だって【美しいこころ】の持ち主なのですから、

そういう【美意識】のある人が、「外見なんてどーでもいい」なんて

いい加減なことも言わないと思うのですよ。

 

【美しいこころ】なのだから、
身体を含む身の回りのことも、お付き合いする人間関係も、食を含む暮らしそのものも、
人生すべてにおいて美しくしたいと思うのは、とっても自然だと思うわけです。

 

そうなれば、当然のように「世の中を美しいものにしたい」

と自発的に思えるようになるだろうし、

子育てにおいても、

一人一人の人間関係においても、

「美しい関係」というものを求めるようになるはずです。

 

そうなれば、「美しさ」を提案できる世のリーダーとしても
活躍できる場が広がるのも、

ごく自然なこと。

 

成り行きに任せてたら、

【美しいひと】として「美しい世の中」に一役買うことだって

全然不思議じゃない。

 

だって、【美しいこころ】の【美しいひと】が、
「貧しい世の中」や「醜い世の中」を作りたいとは思わないはず。
「貧しい世の中」や「醜い世の中」ができてしまうのは、
「貧しい心」や「醜い心の持ち主」の人間が

「自分は貧しくない」
「自分は醜くない」

という正当化と錯覚によって、己の真実を全く理解していないから。

 

こういう恥ずかしい生き方ができてしまうのは、

「自分を知らなすぎる」

という無知と

「自分は正しい」

という傲慢のなせる技なのです。

 

そして、我々のほとんどが、この罠に陥っている。

 

だから、この罠から脱出できた人だけが、
【美しいこころ】の【美しいひと】となれるというわけです。

 

罠に引っかかっているのに気づかないのは愚かさ。

罠に引っかかっていると気づけるのが賢さ。

 

だから、【美しいこころ】の【美しいひと】になるには、

賢さが必要ということにもなるわけですね。

 

【美しいこころ】についての理解を深める賢さとは、
自分の心を理解する、己への焦点の当て方が上手かどうかです。

 

だって、スポットライトを全然関係ないところに当てていたら、
真っ暗で作業が進まなかったり、
すっとんきょうな所に余計な穴を掘ってたりするかもしれませんからね。

 

で、これって、

理解すべきところに上手に焦点を当てて自分に集中していたら、

自分も周りも良くなって、

そしたら世の中も良くなって、

そのうち地球全体も良くなって、

と、大きく広げて考えていけば地球貢献にも繋がる
なんだかスゴイ話への発展の可能性までをも秘めた、

確実に「今すぐ誰にでもできること」

なのですよ。

 

「自分自身のやるべきことに集中していたら、人生も地球も良くなった」

って、こういうのが人として正しい生き方じゃないかと
私は信じているのですが、関係ない話と言い切れるでしょうか?

 

そういう意味では、

「自分自身のやるべきこと」をわかっていない、

その知識が不足している、

というのは、かなり致命的。

 

だって「向かう先が不明」「向かう先を間違っている」って、
家にも帰れないし、目的地にも行けないってことだから。

 

また、

この地球に生きて人間をやっている限り、

【こころ】

を、関係ないことにはできないはず。

 

多くの人は、
感情に負けることによる乗り越えられない問題を山ほど抱えているし、

エゴイズムの正体がわからないまま
我欲による損得勘定や利己主義をコントロールできずに苦しんだり、

時には理由のない不安に苛まれたり、

原因不明の罪悪感に襲われたりしています。

 

人間と【こころ】は切って考えてよいものではないし、

【美しいひと】と【美しいこころ】は、分けて考えられるものではないことは

当然といえば当然のことです。

 

ところが、「当然のことである」割には、その取り扱いが
あまりに杜撰すぎるというのが、現実です。

 

【美しいひと】であることを優先させるから

【こころ】が置いてけぼりになって、

キレイな格好をした、恥知らずな美しくない人が出来上がったりするのです。

 

そういう現実も、「現実」なのだから「ないこと」にはできません。
どんなに「ないこと」にしたくてもね。

 

かと言って、【こころ】を優先させすぎると、
なんだか宗教臭が漂ってきて、気持ち悪くなる。

 

     どっちも違うんじゃい!

 

【こころ】というのは、自分の中にあるもので、
すなわち、自分の責任下にあるものなのだから、
理解する方が良いに決まっているものです。

自分とは関係ない

という言い逃れはできないわけですね。

 

ですが、「理解」というからには、

理解する「理性」と「知性」が必要です。

 

理性も知性もないまま【こころ】とか言い始めるから、

わけのわからん気持ち悪い話

となってしまうのです。

 

世の中で、いきなり突如として何かが生まれることはありません。

鉛筆一本、草木一つ、必ず何らかの仕組みが働いて
「それ」が現れます。

言い換えれば、原因があって、結果があるということです。

 

「感情」についても、必ず何らかの仕組みが働いて
「その感情」が表面化します。

 

突然、何の意味もなく、飛び出してくるものなど、
この地球という法則の中では何もないわけです。

 

誰もが「魔法」はないと知っている通りです。

 

きちんと法則通りに動いている。

 

ところが、【こころ】の話となると

突然、わけのわからないオカルト話となって、
「仕組み」とか「理性」とか「知性」とはかけ離れた
「無知」な話になったりする。

 

だから、【こころ】の話ばかりする人は、
概ね【こころ】に問題のある”変な人”に感じることが多くなるわけです。

 

そうじゃない。

 

ココロとか感情という、「わかりにくい」ことにこそ、
「知性」と「理性」を総動員させて、「理解」に努めるという
「知的な」活動が一層必要になるわけです。

 

その仕組みがわからないから、上手な使い方もわからない。

 

わからないのに、わかろうともせず、

わからないと開き直ったり、諦めたりするから、

いつまでも感情のコントロールもわからず、

【こころ】の取り扱いがわからず、

だからいつまでも【美しいひと】が出来上がらない。

 

出来上がらないから焦って【美しいひと】になろうと無理をして、
「フリをする」ことの方が忙しくなって、

「ココロの貧しいままで美しくなりたい人」

ばかりが量産されるという悪循環。

 

さあ、この悪循環をどこで断ち切るか?といったら、

まず【美しいこころ】の仕組みを理解して、
【美しいこころ】の創り方を覚えることから始めるのが賢明。

 

【美しいひと】になろうと焦る前に【美しいこころ】を創ることから。

【美しいこころ】のつくり方を覚えたら、
本物の【美しいひと】に自動的に自分が仕上がっていくのは

逆に、避けようのない道。

 

順番を間違えるべきではないのです。

 

どんなに美しぶっても、

ココロの中に

・損得勘定で人間関係を壊したり、

・自分さえよければ良い、自分だけ得したい

という「感情の仕組み」が潜んでいたら、

到底、【美しいひと】になれるはずもなく、

その代りに自分で自分の足を引っ張り、人生を崩壊させるという

仕組みがつくりだす人生

を、

「自業自得」

と、なんとも簡単な一言で言い換えられてしまう愚かな結末が

「自分の人生」

ということに。

 

そんな愚かな結末に耐えられる自信がある方以外は避けるべきだと思いますね。

 

「自分でつくる愚かな人生」

なんて。

 

「そんなつもりはなかった」なんて言い訳も虚しく恥ずかしいだけです。

 

「そんな虚しい人生は想像できない」

「自分に限ってそんなはずはない」

というのも、想像力という知性が不足している証拠。

 

知性が不足気味なら、知的な人生よりも、愚かな人生になる確率の方が
ずっと高くなるのは、不思議なことではないでしょう。

どうしても試してみたいなら、自分の人生で実験してみるしかありません。

 

     「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」

 

ドイツ帝国の政治家ビスマルクの有名な言葉ですが、

今の自分はこれまでの自分の積み上げた歴史の結果。

その結果が出たこれまでの自分の歴史から学べば、
これからも同様の繰り返しを行うのか、
これからは他の方法を使う方が賢明なのかは、
自ずとわかってくるものです。

歴史から学べないのであれば、

自分の人生をかけて、またも実験してみるしかありません。

 

経験から学べば良いだけです。

 

ですがもし、賢者的に己の人生を歴史から学びながら美しく賢く創造し、

【美しいこころ】で【美しいひと】の出来上がる仕組みを整えたい

ということであれば、

HEAPで学びを深めてみてください。

 

人間のココロがどういう仕組みでおかしなことになっているのか。

何をしてはいけないのか。何をしたらいいのか。

 

その疑問を一つずつ解明していくことによって、
自分自身への理解が進む「知的な日々」を過ごす楽しさを
知っていただければと思います。

 

それによって、あなたが、次の誰かに、

【美しいこころ】で【美しいひと】の出来上がる仕組みを整える
お手伝いのできる人になることができれば

【美しいひと】のネットワークが広がっていくことでしょう。

 

「美しくなりたいけれどなれない人」ではなく、

【美しいこころ】で【美しいひと】として、
【美しいこころ】で【美しいひと】になる仕組みを伝えることのできる
知的な生き方が実現する道を選ぶべきだと私は考えています。

 

仕組みがわかって、仕組みを活用すれば良いのですから、
才能や能力は関係ありません。

誰だってできること。

 

必要なのは、

貧しい心を乗り越えて、【美しいこころ】を持ちたいと思うかどうか。

美しぶってばかりの恥ずかしい生き方に甘んじることを「恥」と思えるかどうか。

自分を磨き、高まることで、良い影響力を及ぼせる人物へと成長したいと思うかどうか。

 

自分の間違ったフィルターを取り替えて
正しい仕組み作りからきちんと取り組みたい方は、今月のセミナーで
「愚かな遠回り」をやめる方法を
徹底的に理解してしまいましょう。

 

そうすれば、「引き寄せの法則のからくり」も理解できるようになって、

愚かな堂々巡りをなぜ繰り返すのか

その人間の仕組みもわかるようになります。

 

実は、我々全員が、冒頭でお話しした親の犠牲になっているという仕組みについても
詳しく解説します。

なぜなら、犠牲になっていることを理解できなければ、
「自立」も「自律」も阻害されている事実や仕組みに変化をもたらすことは
不可能だからです。

 

親からの間違った教育
という洗脳から自分自身を解放し、
真に自由な生き方の仕組みについて一人一人の
「改善ポイント」を解明することによって、
自分で自分の可能性を閉ざしているその習慣に変化をもたらす仕組みを
理解できるようになります。

理解できれば、あとは実践するだけですからね。

通常、実践ができない、行動できない
というのは、理解が至らないからです。

わかったつもりになっているだけで
行動したくなるほどにはわかっていないからなのです。

ですから、正しい理解を伝授します。

 

なぜ理解できないのか、という理由もわかるようになりますから
面白いでしょう。

 

また、
「改善ポイント」を知らずに何かを盲目的に努力しても
「的外れ」なだけです。

それを「成長」と呼ぶことは、今日の内容が理解できるとしたら、
大人として「恥ずかしいこと」ですからね。

 

それに、
一人一人と向き合って指導するものは、セミナーという形では、
他ではほとんどないはずです。

50万とか60万円の合宿や個人コンサルタントでなければ
一人一人に向き合う時間はありません。

16時間というある程度の時間を費やすからこそ
深い内面にまで関わることができるのです。

そうでなければ、中途半端で「学んだつもり」の
良い気分が得られるだけの、
「つまらないもの」

となるのがオチです。

 

なぜ「つまらないもの」となるかは、

結局のところ、自分の「本当のところ」が
わからないままで終わるからです。

「本当のところ」の成長がないまま
時間が過ぎ去るからです。

 

せっかく学んでも、数時間後には「いつもの自分のフィルター」
に戻っているようでは、まるで無意味です。

 

お金も時間も無駄に流れ去るのです。

 

こんなお金や時間の使い方は、私には無駄そのもの。

 

だからそんな「つまらないもの」を私自ら提供するわけにはいきません。

 

そうではない「お金と時間の使い方」
についても、体感していただきながら解説していきます。

 

ですから、セミナー後の日頃の時間の使い方も
格段とレベルアップするでしょう。

 

そういう生活密着型の具体的な解説ができるのも、
長い時間ともに過ごすからこそ可能になるのです。

 

人生とは、日々の生活の積み重ねであることを
忘れるわけにはいきません。

 

セミナーとしての単なる「イベント」で終わるなんて
無駄なことはさせません。

 

絶対損はさせない。

絶対成長するに決まっている。

その自信がある時にしか私はセミナーを開催しないのです。

 

そして、参加してくださる仲間たちとは、

一生の関わりを持つつもりでいつも新しい出会いも楽しみにしています。

 

今回もそのようなセミナーが開催できる準備ができたことを
私自身、喜んでいます。

 

それは、これまで以上の「仕組み作りの方法」が
より明確になったからです。

時代の最先端、かつ最強の方法を得ることができて、
黙っていられないほどに重要な概念を、
独り占めにしていてはバチがあたりそうなほどに強力な
「衝撃のグッドニュース」
だったからです。

 

メルマガだけでわかった気になって
誤解して、いつもの自分を相変わらず続けるのは非常にもったいない。

 

絶対に正しく理解して、ご自身の人生を「最高に美しいものにすべき」だと
まるで使命感のように思い始めたからです。

 

これを伝えるのは、私が今できる使命だと感じるからです。

帰国の準備も整い、
あとはひたすらセミナーの質を上げることに集中するばかり。

 

ぜひ、

リラックスして、ご自身の未来が明るいのだ
という「真実」を信頼して、いらしてください。

 

なぜ明るいと言い切れるのか。

その理由をわかるまで徹底的に解説します。

 

私と一生のお付き合いが始まることも楽しみにしていただければと思います。

 

初めての方は、HEAPで長く学ぶ方が、
なぜ、10年単位の長い期間学び続けられるのか、
百聞は一見に如かず、ご自身で確かめる良い機会になるかと思います。

 

詳細は、メルマガで
心と頭の準備が整った方にのみお知らせしています。
http://heap-int.com/ryoko/?page_id=11

 

なぜなら私には、

本気でコミュニケーションを正しく理解し、
自分という人間を理解し、
「正しく美しい生き方」を実現する人たちを守る責任があり、

間違いのない「自分にとっての正しい生き方」を
理解していただく責任があるからです。

 

そんな大事なこと、読み流しでわかった気になるほど
安っぽいものではないからです。

真に知的な教育を受けるのに、
なんの試験も試練もないってことはないように、

真に知的な生き方をするのに、
なんの試験も試練もないってことはないのと同じです。

 

だからワンクッション入れて、

チープなものにしないように守っているのです。

 

それだけ真剣であることをご理解いただければこれ本望。

 

それでは、
ご自身のレベルに合わせた学びに各々取り組んでくださいね。

 

人生を整えることに真剣な方は、
セミナーでお会いしましょう。

 

次のチャンスは、来年以降になるのは間違いないので。

 

一年や二年はあっという間ですからね。

 

涼子

 

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