「しっと」と「ケンポー」
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普通に生きているだけでは、
真剣に考えることのない「憲法」も、
さすがに、このご時世
よく耳にだけはしていることでしょう。
昔、歴史の授業で習った
「聖徳太子の十七条憲法」
なつかしいですね。
聖徳太子さんも1万円札から
お姿見なくなって、
すっかり遠い人ですものね。
さて、憲法が17項目ってなら、
読んでみてもいいかな
という分量です。
それだけの分量なら、
恐らく大事なことが、
ぐっと凝縮されているのではないかと
想像するわけですが、
十四条目の原文には、
「群臣百寮、無有嫉妬」
とあります。
官吏たち、嫉み妬むこと有ること無かれ
ということですが、
要するに
「嫉妬はだめよ」
ってことが、
わざわざ、憲法に書かれているというわけ。
やるね!
私個人は、
嫉妬という感情は、
サイテーな部類に分類しているので、
この感情に出会えば、
最低な感情を持つ最低な人間
にならぬよう
HEAP式を使って、
正しい処理に努めるわけです。
そして、この感情が、
なんと、
昔は、
憲法で禁じられていた
というのがおもしろい。
こうして、はっきり憲法で禁じられておれば、
官吏達とされているにせよ、
少しは、その感情に対して
「責任を持とう」とか、
「どうにかしなくっちゃ」、
という考えも育つだろうと思いますからね。
なんのこっちゃわからん憲法で、
嫉妬心丸出しな人間が育つ
というのは、
なかなか問題だと思うし。
日本国憲法を学ぶのも大事だけれど、
その前に、
個人の、
あるいは家庭における「憲法」が
めちゃくちゃな人の方が
我が日本国民の大多数を占めているようです。
自由であるためには
確固たるルールがあってこそ、
マナーのある自由を
偉そうに主張できるのだと思うのと同様、
家庭や個人の
確固たる憲法(ルール)があってこそ、
個人の幸福も
感じやすいのではないかと思うわけです。
どれだけ経済的成功をおさめたところで、
自分の中の嫉妬心が増幅していくなら、
そんなものに振り回され、
嫉妬に狂った人間が、
本当に幸福でいられのるかというのは
大いに疑問なわけです。
大いに疑問ということは、
そんな大問題抱えたままで、
幸福でいられるわけないじゃん
と、あまりに当たり前すぎる話に
感じられるので、
私は、サイテーの感情
と位置づけ、
その解決と対応策を覚え、
今や、指導するに至っているわけです。
(サイテーレベルで苦しみたくないでしょ?)
表面だけ取り繕った生き方でなく、
根こそぎ快適なライフスタイルこそが
HEAPの目指すものであって、
嫉妬心をコントロールできない
未熟な人間は、
なかなかシンドイ人生を生きることになるに
決まっているでしょうから、
放置せず、
対処するのが
人間やり続ける責任でもあるだろう
と考えてもいます。
決まっているなら
対処すればいい
のであって、
そんなものはさっさと解決して、
予期せぬ(決まっていない)出来事にも対応できる
ハイレベルな人間を目指そーぜ
というのもHEAPの基本理念。
嫉妬心に侵されたままじゃ、
幸せになるのは難しいからね
ということなので。
憲法に定められていた時代は
国をあげて対応を考えることができて
良かったかもしれない。
定められていないなら、
自分自身のルールとして、
嫉妬心への解決に
自由に進めばいいと思います。
解決しないのも自由ですが。
カンタンじゃないので、
自己流でやると失敗するのがオチだから、
そのオチに、
まんまとはまった人が
諦めて、野放しにして、
好き好んで、
嫉妬心に苦しみ続けているのかな?
「好きでやってるのではない」
とかいう
もっともらしい言い訳はやめなきゃね。
なぜなら、
嫉妬をやめる生き方
と、
嫉妬を続ける生き方
の、
二つに一つの選択があるのだから。
自分で選んでなきゃ、
誰が命令したとかいう?
誰のせいにするつもりのかしら?
本当にその方法が成功したら、
是非、私にも教えてほしいけど。
せっかくなら、昔の憲法も
参考にしてみてもいいかもね。
憲法第14条:嫉妬しちゃだめよん。
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