大人になるということ

  • By Ryoko
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おとなしい人と

活発な人、

一緒に過ごしたいと思うのは、
どちらのタイプだろう?

“おとなしい”というのは、
少々、退屈なイメージがある。

好奇心旺盛で
あちこちに出かけていったり、

興味津々に色々チャレンジしてみるのとは
ちょっと違うカンジがする。

おとなしい

とは、

大人しい

と書く。

成長して大人になることは
大切だけれども、
大人になるってことは、
大人しく、
退屈でつまらない人間になってしまう、

という危険性がはらんでいる
ということだろう。

確かに、

子供の頃は、
毎日がチャレンジだったような気がする。

お人形さんごっこが大好きで、
インドアでも遊んだが、

なんとかマンごっこといって、
男の子達と、
どれだけ高い塀から飛び降りることができるか
チャレンジしたものだ。

骨を折らないギリギリの高さを
計算しなければならない。

自分の背丈より高い塀から、
勇気を出してジャ~ンプ!

頭を使い、
想像力を働かせないと、
本当に足を折って、アホだ。

挑戦するというのは、
頭もよく働かせなければならない。

なんと効率よい
全身活動であろうか。

まさしく、
全身全霊で生きているではないか。

さすがに今は、
塀から飛び降りる挑戦なんて、

しない。

頭の体操に、

脳トレのゲームで鍛えるなど

情けない話になるのが

今どきの大人事情だ。

いや、使っているのは、
若者達だろうが。

そうやって、

アクティブ度は、
明らかに低下していくのが
大人らしくなる
ということなのだ。

いい歳して、
塀からジャンプする挑戦は
しなくていいと思うけれど、

それに匹敵するくらいの
何かに挑戦する試みを忘れては、

本当に、
ただの大人しい
つまらない人間になってしまうかもしれない。

子供というのは、

登ったり、飛んだり、走ったり。

まあ、よく動くものだ。

と同時に頭も使う。

自分の実力も分からず
勢いに任せると
足が絡まって転んで
痛い目にあったりするかもしれない。

頭が悪くて計算を間違うと痛い目に遭う
という体感を、
行動の度に体験して学習する。

毎日が、

まさに「体感学習」であるのが
子供なのだ。

賢くならないはずはない。

ちょっとうらやましい。

だから、そういうやんちゃなチャレンジを
親がビビってやめさせたら、
身体も頭も弱い子供になる。

いやあ、それにしても、

大人らしさとは、本当に

つまらないものかもしれない。

大人しく挑戦も少ないから、
身体も使わないし、
頭も鈍る。

おじさんとかおばさんが、

必死こいて勝敗を決める
スポーツで争うのも、
美しいとは言い難いので、

優雅に踊ったり、

お蝶夫人のように美しく
テニスでもしないといけないのかもしれない。

いや、せめて、

日々の挑戦を怠らないことだな。

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