真実はいつも厳しい
- By Ryoko
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真実はいつも厳しいものです。
ですが、
「あなたはブサイクね」
と面と向かって言う人もいないし
「あなた頭悪いわね」
と直接的に言う人もいない。
普通に常識的な生活の中では。
ということは、
普通の生活というのは、
かなり
「生ぬるい」
ということが言えるというわけ。
言い換えれば、誰も真実など口にしない。
ということです。
ですから、
その生活しか知らなければ、
心地は良いかもしれませんが、
真実を見る目は決して養われない
のです。
もちろん、
「お前はバカだ。」
「お前はブサイクだ。」
などと言われ続けたら、
心折れてしまいます。
それでなくても、成長する時には、
怠惰な自分に負けそうになったり、
理解に苦しんで、泣きたくなったり、
本当に分からなくて、オイオイ泣きながら、
それでも歯を食いしばって上に
上らないといけないのです。
山登りだって、高くなればなるほど、
辛い。
最初のゆる~い所を、楽チンに歩いているのとは
わけが違う。
もうエベレストなんて
死体を横目に、
命がけで登るわけだから、
自分を乗り越えるのも同じで、
楽チンというわけにはいかない。
そんな楽チンなことでいいなら、
「乗り越える」
なんて大げさな言葉を使う必要もない。
だから、
自分を成長させ、
今の自分を乗り越える時には、
励ましてくれる人がいたり、
絶対、裏切らずに応援してくれる仲間がいたり、
「がんばれ、大丈夫、やるんだ!」
と、大声で激励してくれる人がいたり、
「何、お前は甘えてんだ!」
と、バチこんと、たまにはビンタしてくれたり、
「お~、がんばってるね~」
と、時には優しい言葉をかけてくれる
な~んて、マンガみたいな世界が必要。
実際には、そんなドラマチックじゃないけど。
ということはね、
真実はいつも厳しいのだから、
その厳しさにも、慣れていかないといけない。
そう。
これは、「慣れ」の問題。
表面は優しいけど、根が厳しい。
そんな親の元で育つのは理想的。
でも、
表面はガミガミうるさくて、
肝心なところが、ゆる~くて、
あま~くて、
だらしな~い
としたら、
甘ったれた人間ができるのだからサイアクで、
まあ、こういう方が、断然多い。
だから、自分のことしか考えられない
モンスター達が増えることなるわけだけど。
でも、これって「環境」のことでしょ?
もし、「生ぬる~い」「やさし~い」
普通の環境しか持っていないとしたら、
成長は期待できない
と思った方がいい。
転んだら、自分で立ち上がる。
これは、実際、なかなか厳しいこと。
失敗しても、自分で最後まで責任を果たす。
これが出来る人は、
厳しいことが当たり前の人だけ。
人のことを「厳しいな~」
なんて、恥ずかしいセリフを
言ってはならないということがお分かりでしょうか?
なぜなら、それを言った瞬間、
自分は成長できない人間
と、世間にバラしていることになるからね。
と、これは、かなりみっともない生き方。
こんな当たり前のことが
厳しいと思うようじゃ、
先が思いやられる。
真実とは残酷なのです。
その残酷にサバイバルできるのは、
その厳しさと残酷さに慣れ親しんだ人だけ。
あ、いや、親しまなくていい。
慣れさえすれば。
厳しいと言ったって、
スパルタのことではなく、
「真実」のことです。
真実を嫌がるって、じゃあ、どこに行くおつもり?
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