バレンタインデーだから
- By Ryoko
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今日はバレンタインデーね。
“2月は逃げる”というのに
こんなビッグイベントがあるなら、
なおさら忙しい(笑)。
とはいっても、
せっかくなので、
恋の話題にでもしましょうか。
このブログの読者ならご存知の通り、
私の住む国では、
日本と違って、
男の子が女の子に贈る日。
チョコでも、ちょっとしたものでも、高価なものでも。
もしくはお互いにプレゼントを贈りあっこする。
ホワイトデーなんてないからね。
ホワイトデーは、
バレンタインよりずっと後に始まった
これまた商戦の中でも日本独自のものだから。
最初は驚いたわよ。
街を歩いていたら、
突然、バラ一輪差し出されたんだから。
確か、カラフルなカップケーキか何かも
もらった記憶が。
何?何?何が起こったの?
というカンジだったね。
欧米は、
レディファーストの国だからか、
女性に優しい(笑)。
親切にしてもらったり、
もらってばっかり。
で、私が好きなのは、
バレンタインデーには、
街角のそれぞれのお花屋さんに
男性陣の列ができているのを見ること。
「お花の効能」で書いたように、
その列は美しい。
(いや金髪紳士ばかりだからって
意味じゃないわよ!笑)
その列を見ていると
こっちまでハッピーになるの。
若い男の人も、
年配の紳士達も、
同じ列に並ぶ。
それを見てると、
その贈られている
女性達の幸せそうな姿が浮かぶ。
嬉しいんだよね。お花もらうのって♪
それでいて、
日本みたいに、
いちいち深刻じゃないのがいいよね。
贈る方も贈られる方も、
日常の、ちょっと「素敵なヒトコマ」
という感じなのがいい。
日本は、いちいち深刻すぎ。
きっと仰々しいから
お花ひとつ贈るのが、大げさな
「愛の告白」になってしまって
躊躇する人が増えるんじゃないの?
って思う。
文化が違うから仕方ない面もあるけれど。
文化の違いは文学に表れている。
『葉隠れ』には、
恋の至極は忍ぶ恋と見立て候(そうろう)
とある。
究極の恋とは、一生打ち明けない恋であり、胸に秘めたもの
と。
これ、ほんと素敵
だと思う。
これは、精神(人間)を磨くよね~
と思う。
その一方、
非常に日本っぽく、“俺様”的な“にほい”もする。
なぜならこれは、相手を幸せにはしないよね。
だって表現しないのだもの。
表現しないものは、ないに等しい。
愛も恋もないに等しい。
告げないのは苦しい一方、
実は、楽で助かる。
自分のため「だけ」を考えるなら
これはこれで素晴らしいと思うけど。
耐え忍ぶ恋も、時に絶対、必要だけれど、
でも、できれば、
耐え忍ぶときと、ちゃんと素直に表現するときを
「わきまえている」
バランス型がよいのじゃないかと
私は思う。
だって私は、この言葉に賛成なのだから。
てれくさくて言えないというのは、
つまりは自分を大事にしているからだ。
太宰治
人は、人を幸せにしてなんぼだと思う。
どれほど
自分のための恋
と
相手のための愛
があっても、
「表現できない」
それが、
自分の照れくささを守るためなんて。。。
勇気がないなら、なおさら、
今日みたいなバレンタインデー
の勢いに助けてもらって
愛を表現するチャンスにしなくてはね。
チョコとか
プレゼントもたのしいけれど、
想いを表現する日
になれば、
世界中のバレンタインも
もっと素敵なんじゃないかな~。
ここ数ヶ月、まだ何も伝えていない方、
日が変わる前に是非。
あ、無理して
ウソは言わなくていいから(笑)。
私はここで皆に、
あいらぶゆ!
いつも、ありがと。
チュ
受け取る勇気あるかな(笑)?
あ、そうそう。
老若男女、恋とか愛とか
ときめきたいなら、
ときめく為の現実的な、最低条件を忘れずにね!→これ。
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